伝燈院 赤坂浄苑 副住職 角田賢隆

副住職 角田賢隆

お盆によせて

早いもので今年もお盆の季節を迎えます。当苑関係者の皆様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。

お盆の時期が近づきますと契約者の皆様よりどう迎えたらいいですかとのご質問を多くいただきます。いつもきまってお話しするのがお盆は純粋な仏教行事ではないということです。日本には仏教伝来以前よりお盆と正月にはあの世からご先祖さまがご自宅に戻られ、家族と一緒に過ごす。それをお迎えするという風習がございました。

昔は街路灯などがございません。真っ暗な中を帰ってこられるわけですから、ご先祖さまの足元を照らす為に迎え火や送り火を焚いたわけです。提灯を用意するのも同様の理由です。「きゅうりの馬」や「なすの牛」を飾るのは、帰ってくるときは馬に乗って早く帰ってきてもらい、お戻りになられるときはたくさんの供物を牛に積んでゆっくり帰ってもらいたいという故人に対する思いやりの心からお供えいたします。また、お盆の際は普段より沢山の供物を供えお迎えいたします。

これらの行為はあまり仏教との関係はなく日本人に元々ある先祖を敬う精神から生まれた風習とされております。

そこに仏教の盂蘭盆や蛾鬼供養(他者に対する施しがさらに大きくなり自分に返ってくる)という考え方が加わり現代の「お盆」となったわけです。お寺で行うお盆供養は蛾鬼道で苦しむ衆生を供養しその功徳を先祖に巡らすわけですので、期間やご先祖さまがご自宅に戻る、戻らないとはあまり関係ないのです。

迎え方がわからないということであれば、仏教的なお盆はお寺で行いますのでそこは切り離して考えていただき、期間中はいつもより多くの供物をお供えし、身近な故人さまだけではなくさらに上の先祖さまにも思いを巡らしご供養するお気持ちでお過ごしいただければ十分でございます。

当院の住職は常々故人にとっていちばんのご供養は残された者が毎日明るく楽しく笑って生活をする、その姿を見せることだと話されています。

私もそれ以上の供養はないと思うのですが、私自身師匠より出来が良くないもので、その前に一つ前提がございます。それはまず故人に対して胸を張って報告できるような生き方をすることです。故に生きる姿をご先祖さまに見せて差し上げる。そこで初めて明るく楽しく過ごす。未熟ではございますが、おのずとこのご供養が日本に昔からある先祖供養の根幹にかかわってくるのではないかと考えております。

家族でも夫婦でも友人でも理想の関係性はお互いが刺激しあい、向上心を持って生活することとされます。ただそればかり毎日考えて生活するのも大変でございますので、ご先祖さまをお迎えするこの時期に、ご先祖さまを通じてご自身の生き方を今一度見つめなおしてみてはいかがでしょうか。